筆者は医療ICT分野も追いかけていますが、とくにICTを用いた遠隔診療の可能性について大いなる期待を描き、かつてのガラケー時代に携帯電話を用いた遠隔医療システムの考案などにも携わってきました。iPhoneが国内で販売されて以降は、スマホを使った様々な遠隔医療の仕組みも登場しました。
とはいえ、なかなか日本ではそうしたものが十分に活用されていません。というより活用できる環境がまだ十分に整っていませんでした。その原因の一つが「医師法20条問題」です。この条文には医師は対面で診察しなくてはならないというようなことが記されています。この条文自体、じつは1906年(明治39年)に制定されたものが継承されているわけですが、その時代にICTを通じた“疑似対面”が可能になる世界を予見できなかったのは致し方ないとしても、これだけICTが活用される時代にあってどうにかならないものかと、もどかしさを感じていました。
もちろん、厚生労働省はICTの活用を認めていないわけではありません。厚生労働省の解釈としては「同等ではないにしてもこれに代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔診療を行うことは直ちに医師法第20条等に抵触するものではない」として、これまで1997年(平成9年)、2003年(平成13年)に医師法20条の解釈通知を通達し、遠隔画像診断など多数の遠隔医療事例を挙げてきました。しかしながら、医師の間ではやはり厚生労働省が具体的に事例を挙げたもの以外の医療行為は慎重にならざるを得ず、結局のところICTを用いて遠隔で診断する遠隔医療はなかなか普及していきませんでした。
そうした中で、政府としてももっと医療ICTを推進していくべきだという風潮が高まり、2015年には厚生労働省が新たな解釈通知を通達しました。この通知では実質的に容認を打ち出し、さらに2017年にも文書を通達して容認を拡大させました。こうした動向に合わせて、スマホのアプリから受診できるような遠隔診療サービスも各社が始めており、この1~2年で遠隔医療を取り巻く環境が大きく進展し始めました。
ただし、まだまだ積極的に導入していこうという医師は多くはありません。その理由の一つが診療報酬の問題です。遠隔医療の実施が医師法で適法となっても、適切な診療代を得られなければ積極的に取り組もうという医師は出てきません。現行の制度では、医師が電話やテレビ画像で再診を行った際に、診療報酬として720円が支払われるのみでした。
このため安倍晋三首相は、2017年4月14日に開催された第7回未来投資会議の席上で「対面診療とオンラインでの遠隔診療を組み合わせた新しい医療を次の診療報酬改定でしっかり評価する」と明言、これを受けて厚生労働省が開催する中央社会保険医療協議会(中医協)で議論が進められてきました。
さる2月7日の中医協総会で改正案が了承され、個別改定項目と診療報酬点数などが公表されましたが、結局のところ対面診療を原則とし、有効性や安全性への配慮を含む一定の要件を満たすことを前提に新たに「オンライン診療料」(1カ月につき700円)、「オンライン医学管理料」(1カ月につき1,000円)などが新設されるにとどまりました。
2018年度こそが遠隔医療元年となるのではないかとの期待もありましたが、まだまだ様子見といった診療報酬改定にとどまりました。ともあれ、ICTを用いた遠隔による診療や診断を活用する医療機関は今後も徐々に増えていくでしょう。さらに患者のより詳しい状態をモニタリングするために、今後様々なIoT生体センサーや遠隔医療機器等が開発され、活用される時代になっていくものと思われます。たとえばウェアラブルデバイスを用いて日常の活動量や心拍数、心身状態などをモニタリングし、診察時にそれらのデータを医師が参照するといった活用のイメージです。
ちなみに中医協の報告書に目を通していたら死亡診断においても「情報通信機器(ICT)を用いた死亡診断等ガイドライン」に基づいて、条件付きで死亡診断加算が認められることになりました。じつは医療関係者から、医療におけるウェアラブルデバイスの活用で一番期待されていたのは“看取り”であるという話も聞いていましたが、そんなところでも活用の期待があったのですね。