都道府県別スマートフォン利用率格差の要因|木暮祐一のぶらり携帯散歩道

わが国のスマートフォン普及率は、先進各国に比べると必ずしも高いとはいえません。わが国のスマートフォン普及率は50%を超えたぐらいと言われています。筆者としては、そもそも日本のガラケー自体がスマートフォンに匹敵する機能やスペックを備えていたので、海外と比較する場合はガラケーもスマートフォンの一部として組み入れてしまってもよさそうな気もするのですが、それはさておき。

 それにしても、ようやく「50%超え」という現状について、みなさんはどう思われるでしょうか。読者の皆さんの大半は大都市圏に住まわれている方だと思います。ご自身の周りを見回せば、誰もがスマートフォンを使われているのではないでしょうか。そうなんです、じつはこのスマートフォン普及率の足を引っ張っているのは地方なのです。地方に行けば行くほど、その比率が低迷していくのは肌で感じていました。筆者は2013年春に東京から青森へ転居しましたが、そこで愕然としたわけです。過去のPOSTCO Lab.の連載を振り返ってみたら、ちょうど昨年の夏の本連載第1回目でもそんな記事を書かせていただいておりました(「地域事情も大きいスマホ普及動向」)。

何が足を引っ張っているのか科学的な検証を試みた!

 わが国の通信インフラの整備状況は世界に誇れるものです。光ブロードバンドの整備についても、モバイルデータ通信速度についても、世界トップと言って過言ではありません。しかし残念ながら利用率となると、先進各国にやや劣ってしまうのが悔しいところです。中でもスマートフォンの普及率は決して高くありません。以下の図1に示すとおり、米国、英国、フランス、韓国、シンガポールと比較して、日本は最下位の53.5%にとどまっています。最も普及率の高いシンガポールの93.1%に比べ、39.6ポイントも差をつけられています。

図1 情報通信機器の個人保有状況(総務省「ICTの進化がもたらす社会へのインパクトに関する調査研究」(平成26年)より)
図1:情報通信機器の個人保有状況(総務省「ICTの進化がもたらす社会へのインパクトに関する調査研究」(平成26年)より)

 そして、本連載第1回目でも書かせていただいたとおり、スマートフォン普及率の足を引っ張っているのが地方でした。昨年のその記事では、平成25年版「情報通信白書」から引用した端末別インターネット利用率を引用しましたが、高知、岩手に並び青森がワースト1位! その後平成26年版では岩手が浮上し、高知と青森が取り残されました。まもなく公開されるであろう平成27年版情報通信白書に掲載される統計データでは青森がワースト1位から脱却したようですが…(笑)

 ともあれ、なぜ地方ではスマートフォンがなかなか普及していかないのでしょうか。筆者もこのテーマについて各所でたびたび解説を求められ、地方の特性として高齢化率高いからとか、地方では大都市圏に比べ所得が低いからとか、考えられる理由を色々と説明してきました。しかし、「たぶんそうであろう」という仮説の域を抜け出せていませんでした。うーむ、これでは科学者として失格です。

 ということで、都道府県別のスマートフォン普及率の地域間格差の要因をきちんと検証すべく、統計データをあれこれ引っ張り出し、相関関係をきちんと検証してみることにしました。

 使用したデータですが、都道府県別のスマートフォン普及率については、そのものずばりのデータがないため、総務省の平成26年版情報通信白書に掲載されている「都道府県別インターネット利用率(個人)(平成25年末)」から、スマートフォンからのインターネット利用率」を普及率とみなしました。相関させるデータは、総務省統計局の「平成22年国勢調査」で公表されている各種データを分析に使うことにしました。国勢調査では様々なデータが並びますが、とくにスマートフォン普及率に関わりそうな「老齢化指数」「1人当たり県民所得」「15歳以上就業者割合(1次産業)」「15歳以上就業者割合(2次産業)」「15歳以上就業者割合3次産業)」「100世帯あたり乗用車保有台数」「15歳以上通勤・通学利用交通手段 鉄道・電車のみ」「15歳以上通勤・通学利用交通手段 自家用車のみ」の各データを使用しました。(そのほかにも相関を見たデータは多数ありますが相関関係が無かったので割愛)。

 分析方法ですが、都道府県別の利用率(普及率とみなす)と、国勢調査から引用した都道府県別の各種指標とを、ピアソンの積率相関分析を用いて相関の強弱を見ました。なお、この分析は本年初旬に実施し、その結果と考察は論文として『日本情報経営学会誌』(Vol.35、No.4、pp.53-60)に投稿し、7月15日に刊行されました。

高齢化率や所得よりも影響が高い要因が!

 これまで、高齢者はあまりスマートフォンを使わないとか、地方は所得が低いので全国一律の利用料がかかるスマホは敬遠されがちなのでは、などと考えていましたが、きちんと分析してみましたら見事にその言い訳が覆されてしまいました。まったく相関が無かったわけではありませんが、それよりもスマートフォン利用率に影響を与えていた要因は、1位が「第1次産業就業者割合」、それに次ぐのが「通勤・通学利用交通手段 自家用車のみ」でした。どちらも“強い”負の相関を示しました。一方、「老齢化指数」や「県民所得」は相関は認められましたが、それほど大きなものではありませんでした。

図2 分析結果。相関係数は-1~1の値となり、その絶対値0.3未満は「ほぼ無相関」、0.3~0.5未満は「非常に弱い相関」、0.5~0.7未満は「相関がある」、0.7~0.9未満は「強い相関」、0.9以上は「非常に強い相関」という目安。
図2:分析結果。相関係数は-1~1の値となり、その絶対値0.3未満は「ほぼ無相関」、0.3~0.5未満は「非常に弱い相関」、0.5~0.7未満は「相関がある」、0.7~0.9未満は「強い相関」、0.9以上は「非常に強い相関」という目安。

 じつは筆者はそれほど統計分析が得意ではないので、識者の皆様からは色々とご指摘も入ってしまいそうですが(一応、t分布も行い2変数における相関係数の検定も行いましたが)、ひとまずスマートフォン普及率に強い影響を与えているのは「第1次産業就業者割合」が高いほどスマートフォン普及率は低くなるということ、同じく「通勤・通学利用交通手段 自家用車のみ」という人口が多いエリアほどスマートフォン普及率は低くなる(これは想定の範囲内でしたが)ということを証明できました。

 当たり前といえば当たり前の結果でしたが、通信事業者各社が本気でスマートフォン普及率を高めたいと考えているのでしたら、「第1次産業就業者」にとって求められるスマートフォンとはどういうものなのか、あるいは「通勤・通学利用交通手段 自家用車のみ」という人たちに対してもどんなアプローチがあるのかを考えるべきでしょう。通信事業者各社の本社は当然東京にあり、そして端末やサービス開発の部門も東京やその周辺です。そういったところでお仕事をされている方々に、この地方の実情を知って頂かなくては、本当に求められるサービスにはつながっていきません。

 わが国のスマートフォンは、通信事業者が商品企画から販売まで行うというわが国特有の特殊性を考えれば当然なのですが、「電話機」の延長といった製品ばかりです。もっと多様な端末があってしかるべきではないでしょうか。「第1次産業就業者」にスマートフォンは不要と切り捨てられては困ります。すでに農業分野のICT化は進み始めており、センサーネットワークの普及やそれを操作確認するタブレットの活用なども進み始めています。「通勤・通学利用交通手段 自家用車のみ」というユーザーであれば、確かに自宅にも勤務先・通学先にもブロードバンドはありますので、移動中にまでスマートフォンは不要のものと割り切られてしまうのでしょうか。これに対する解として、6月25日掲載の本連載でご紹介したように、世界ではAndroid車載機も販売されています。これにSIMカードが挿入でき、LTEで通信できたらどんなに素晴らしいことでしょう。しかし、こうした製品は日本の通信事業者から発売されることはないでしょう。とても残念なことです。

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