奈良先端大のスマートホーム、スマートシティへの取り組み|木暮祐一のぶらり携帯散歩道

さる11月中旬、東京都内で「IoTのスマートハウス、スマートシティへの展開 ~居住空間から地域社会に至る、IoTによる環境見守りの事例を探る~」という講演会が開催され、その内容を取材してきました。主催は一般社団法人ブロードバンド推進協議会(BBA)。こちらの連載では、3回に分けてその内容をレポートします。3回目は、奈良先端科学技術大学院大学ユビキタスコンピューティングシステム研究室のスマートホーム、そしてスマートシティへの取り組みです。

研究室の中にモデルルームを竣工してしまった!

 奈良先端科学技術大学院大学ユビキタスコンピューティングシステム研究室では、これまでにスマートハウスやスマートシティの実現に向けた様々な取り組みをしてきました。その中心となって活躍しているのが、同研究室の荒川豊准教授。

奈良先端科学技術大学院大学ユビキタスコンピューティングシステム研究室 准教授・荒川豊氏
奈良先端科学技術大学院大学ユビキタスコンピューティングシステム研究室 准教授・荒川豊氏

 荒川氏の研究室では、これまでスマートホームの実現に向け、家庭内のセンシングに取り組んできました。なんと、大学研究棟の一教室の中にごく普通の1LDKの部屋を竣工してしまったのです。研究室に入るといきなり住居の玄関が現れます。玄関ドアを開けて靴を脱いで上がると、洗面所、バス、トイレがあり、リビングダイニングへ。

研究棟内に竣工してしまったスマートホーム
研究棟内に竣工してしまったスマートホーム

 すでに3年ほど取り組んでいるのスマートホームを巡る研究ですが、この部屋の中に様々なセンサーを設置し、そのセンサーデータを24時間365日記録。住環境のデータを収集することで様々なアプローチに取り組んでいます。センサー自体は入手できる様々なものを活用するほか、独自のセンサー開発も研究の対象としています。

 実際に、このスマートハウスの中ではドアや引き出しにモーションセンサーが設置され、料理をするときにどの引出しをよく空けているかといった情報や、家に帰ってきて冷蔵庫が何回開けられたかといったデータを収集したり、水栓の動きを検知するセンサーを使って水をどのぐらい使っているかというデータを取得したり、電力消費については30秒に1回電力センサーを用いて計測したりしています。さらに光や温度、湿度などを集めるセンサーのほか、部屋の中の人がどの場所に居るかを測定するセンサーなども設置されています。

 たとえば住居内の人の位置を特定する場合、公共的な施設等であればWi-Fi測位を使うなど、個人を特定しない形で様々な情報収集が可能でしょう。しかし一般の家庭でデータを収集するというのはプライバシーの問題もあってなかなか困難です。そこで、この研究室ではこのスマートホームに宿泊すると謝礼が出るという触れ込みで協力してくれる学生を募り、集中してデータ収集を行いました。

 目的は生活行動の認識です。センサー類から収集したデータから果たして人の行動を認識することができるのでしょうか。調査では、実験に協力しこのスマートハウスに暮らした学生が記録した行動内容と、センサーから収集して行動認識したデータを突き合わせ、どの程度の認識精度があるかを分析しました。

その結果、テレビ視聴以外はかなりの精度で認識できることが分かりました。テレビ視聴の場合、いわゆる「ながら視聴」によって複合的な行動がなされていることから精度が落ちる傾向にあるようです。

実測は学生のアンケートによる行動、予測はセンサーデータから予測される行動。ほとんどのところで一致しています
実測は学生のアンケートによる行動、予測はセンサーデータから予測される行動。ほとんどのところで一致しています
テレビ視聴だけは認識精度が低いのですが、これは「ながら視聴」の問題ですね
テレビ視聴だけは認識精度が低いのですが、これは「ながら視聴」の問題ですね

 では、こうして宅内での行動をセンサーで予測する成果はどのように活用できるのでしょうか。荒川氏の研究グループでは、地域のデイケアセンターと連携し、その施設内各所にセンサーを設置しデータの収集を行う実証実験を行いました。何に活用したかというと、介護福祉士に課せられているケアレポートの自動記録です。施設でどんな課題があるのかを探っていったところ、一番手間がかかっていたのが施設利用者個別のケアレポート作成の手間でした。そこで室内での施設利用者の行動を各種センサーで収集し、記録ができるかを実験しました。施設利用者の個人の判別には、名札にセンサーを入れることで、誰がいつ、どこで何をしているのかを記録していくことが可能です。研究室でノウハウが蓄積されたセンサーデータからの行動認識が役立ってくるのです。

デイケアセンターでそのノウハウを生かしケアレポートの自動記録を試みました
デイケアセンターでそのノウハウを生かしケアレポートの自動記録を試みました

スマートホームからスマートシティへ

 こうした研究はスマートホームからさらにスマートシティへと発展していきます。重要なことは、スマートホームで得られたデータを地域、そして街という範囲で有効に活用していくことが期待されています。

 2014年に、GoogleがNESTという企業を32億ドルで買収し話題になりました。NESTはもともと温度計と空調調整器のメーカーでした。米国などでホテルに泊まると、空調のスイッチとして壁面などに設置されているのでご存知の方も多いはず。そのNESTの最新のものは、一見は温度表示部分がデジタル化しただけのように見えます。じつは単なる温度計+空調スイッチから発展し、最新の機器では温度センサー、湿度センサー、近距離人感センサー、遠距離人感センサー、照度センサーの5つのセンサーが備えられています。

 このセンサーを用いて、様々なデータを取得します。たとえばそこの住人はどういう温度湿度が快適なのか、あるいは人感センサーを用いて、この家では子どもが何時ごろ帰ってくるとか、親は何時ごろに帰ってくるとか、そうした学習データがクラウド上にどんどん蓄積されることで、そのうちに完全にホームオートメーションが可能になるのではといわれています。機器はサービスの入り口であり、サービスを売ることでユーザーに利便性を還元して利益を上げている。Googleはその知能といえる部分を買収したかったのでしょう。

Googleが32億ドルで買収したNEST
Googleが32億ドルで買収したNEST
NESTの構造
NESTの構造

 こうしたスマートホームのテクノロジーがスマートシティに発展していきます。たとえば電力供給と組み合わせれば、ピークシフトといったコントロールにもつながっていくはずです。NESTを通じて電力利用の予測が立てられ、さらにピークの時はNESTを通じて輪番的に暖房を緩めるといった家庭の電力消費をコントロールすることで、地域の省エネルギーにつなげるようなことも可能になるでしょう。

 もう一つ、荒川氏が研究として取り組んでいることは、情報による行動変容です。IoTを通じたセンシングによって行動の認識が可能となりました。その次に来るのが情報による行動介入、行動変容といったことです。

 たとえばGoogleマップの道路標示上に渋滞の表示があたっとします。これを実際に確かめに行った人はいるでしょうか。これはGoogle側の意図で表示上は渋滞にすることも可能でしょう。VIPが来るといった場合に、その周辺を渋滞表示で真っ赤にしておけば、Googleの経路検索でそこを避けて誘導することになります。そうやって、その周辺への人や車の流れを減らすといった情報による行動介入が可能となります。

 AppleWatchにしても、単に情報を見るだけというツールであったが、たとえば「スタンド」という機能のようにユーザーに行動を促すものが搭載され、1時間座っていると体を動かせという指示を出してきます。健康のための行動介入なのですが、もしかしたらAppleはこうした指示でどれだけの人が実際に立っているのかといった情報も収集しているのかもしれません。

 まだまだ実験レベルなのでしょうが、いずれスマートフォンやスマートウォッチから出される指示を信じていれば健康を維持できるといった時代が来るのかもしれません。これが情報による行動変容です。

 荒川氏らは、カーシェアリングシステムの実証実験も行っています。カーシェアリングはスマートフォンで予約管理し、スマートフォンを通じて車両のロックを解除し借り出すというシステムですが、目指していることは「乗り捨て型」のカーシェアリングを実現させる実験です。乗り捨て型カーシェアリングは、これまで様々な企業が参入しましたが、そのほとんどはすでに撤退しています。その課題は、乗り捨てようとしたときに駐車スペースが無かったとか、借りたいときに車が無かったといったような、需要と供給のバランスが崩れる問題です。

 これを情報と、情報によって起こる行動変容で解決できないかというのが狙いです。IoTを通じて各種センサー情報や、行動情報、位置情報などを収集することで行動パターンが見えてくるはずです。何曜日の何時ごろ、ある人はカーシェアリングでどう帰りそうか、同時に別の人はいつ駅に到着しそうだといった予測が可能になってきます。

 これまでの乗り捨て型カーシェアリングでは、乗り捨てられる車両がどうしても一方向に偏ってしまうようなことが起きます。そうした場合は結局のところ運営側が車両を回送するなどの手間が発生しました。こうした車両の偏りを予測し、偏る側に近づいてくるユーザー向けに無料で利用できるといったクーポンをメッセージで送るなどして、情報を用いた行動変容を促し、課題を解決していけるのではないかというのが、荒川氏たちの狙いです。

 IoTによる収集データでパターン学習を続けていくとしてくと、様々な問題の解決の糸口が見つかるのではないかと考え、荒川氏の研究グループでは企業等と連携して研究を行い、その成果を実社会に役立てようとしていました。

乗り捨て型カーシェアリングを行動変容によってより効率的に
乗り捨て型カーシェアリングを行動変容によってより効率的に

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